ベルリンの町

昨日のブログに書いたとおり、ドイツのベルリンにやって来たのは、フライトの中継地だったから。
私はオーストリアが大好きなので、オーストリアとの国境に近い南ドイツには何度か訪れたことがあるのですが、ベルリンを訪れるのは初めて。
ベルリンというと、近代的な大都市というイメージぐらいしかなかったので、実はあんまり期待してなかったのですが、これが、なかなか良い町だったのですよ。
ベルリンの町は第二次世界大戦で大空襲を受けたので、他のヨーロッパの町のような中世の街並みは、殆ど残っていません。  
なので、観光的には見所が少ないと思うのですが、街並みもきちんと整備されてるし、ゴミとか落ちてなくて清潔だし、非常に快適。 ショッピングも充実してるし、色んなエスニックのレストランやお洒落なバーなんかがあったりして、こういう町に住むと楽しいんじゃないかな?って思わせる町でした。(そういう点では、ちょっと東京と似てるかも。。。)
さて、ベルリンと言えば、「ベルリンの壁」ですよね。
こちらは、ポツダム広場 (Potsdamer Platz) に展示されている、ベルリンの壁。

この展示があるポツダム広場は、モダンな高層ビルが並んでいる大きな広場です。
このポツダム広場は、昔からベルリンの交通の中心地として栄えていた場所だったそうなのですが、第二次世界大戦の空襲で殆どの建物は破壊されてしまったんだそう。
そして、戦後には、ベルリンの壁でこの広場が二分されてしまったため、ベルリンの壁が崩壊する1989年までこの場所が再開発されることもなく、近年になってやっと再開発されたんだそうです。
ベルリンの壁は、その殆どが撤去されてしまったので、実際に残っている場所はあまりないそうなのですが、このポツダム広場から、ベルリンの壁があった場所をたどって南東に少し歩いたところに、今でもベルリンの壁がそのまま残っている場所があります。

この壁の内側には、Topography of Terror という博物館が建っていて、ナチスとホロコーストについての展示がされています。
というのも、今この博物館が建っている場所には、ナチスのゲシュタポとSSの本部が建っていたんだそうです。 本部があった建物は、第二次大戦で破壊されてしまったため、陰も形もありません。 戦後はベルリンの壁がここを通っていたので、この博物館の建物が完成したのは、3年ほど前のことのようです。
ホロコーストと言えば、ベルリンには、虐殺されたヨーロッパのユダヤ人のための記念碑 (Denkmal für die ermordeten Juden Europas) もありました。

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そして、こちらは、チェックポイント・チャーリー (Check Point Charlie)

ベルリンの壁があった時代に、東ベルリンと西ベルリンを行き来するための検問所だったところです。
(検問所の建物は、建設当時のものを復元したものだそうです。)
こんな看板も立っています。

この検問所の名前になっている「チャーリー」というのは、特定の人に由来しているわけではなくて、単に、チェックポイントCのことなんだそう。 いわゆる、”A for Alpha, B for Bravo, C for Charlie” ってやつです。
ちなみに、ベルリンの壁というのは、東ドイツと西ドイツの国境を隔てる壁ではありません。
第二次大戦後、ドイツは、ソ連が占領した地域(東ドイツ)と、アメリカ・イギリス・フランスが占領した地域(西ドイツ)に二分されました。
この時、ベルリンの町は、地理的には東ドイツの中にあったのですが、ベルリンの町もソ連が占領した地域(東ベルリン)と米・英・仏が占領した地域(西ベルリン)に分割されたのです。
このため、西ベルリンは東ドイツの中の飛び地のようになったわけですが、この後、東ドイツから西ベルリン経由で西ドイツに亡命する人たちが相次ぐようになります。
そのため、東ドイツは、自国民が西ドイツに逃亡するのを防ぐために、1961年に西ベルリンを囲う壁を建設します。 これがベルリンの壁です。
資本主義と共産主義の冷戦の象徴とも言われたベルリンの壁が崩壊したのは1989年のこと。
ベルリンの壁が崩壊した今、ベルリンの壁があった場所には、石が埋め込まれていて、ところどころに Berliner Mauer 1961-1989 と記したプレートが埋め込まれています。

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こちらは、旧東ドイツ側で見かけた建物。

この辺りには、いわゆる共産国っぽい、質素な高層の集合住宅がたくさん目に付きました。これは、集合住宅ではなくて、オフィスビルか何かだと思うけど、かなりの荒れ様。。。この辺り一帯は、再開発の予定があるようで、フェンスで囲われていました。
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そして、こちらは、ベルリンでは珍しく古い街並みが残っている、ニコライ地区(Nikolaiviertel)。

とはいえ、この地区もやっぱり第二次世界大戦で破壊されて、今の街並みは、1979年に復刻されたものなんだそう。。。
13世紀前半に建てられたというニコライ教会(Nikolaikirche)
でも、この教会もやっぱり戦争で破壊されて、1987年に再建されたものなんだそう。。。
このニコライ地区のすぐ近くには、かつてベルリン王宮があった跡地もあります。 こちらも第二次大戦で被害を被り、その後のソ連占領下ではその修復が行われることもなく、結局取り壊しに至ったわけですが、現在、再建の予定があるそうで、王宮跡の一帯は工事現場のようにフェンスで囲われていました。
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と、こんな感じで、やはり、ベルリン観光となると、第二次世界大戦のナチスやホロコースト、そしてその後の冷戦時代のベルリンの壁、といった重い重い過去の歴史がついてまわります。
町中のいたるところに、歴史的な説明が書いた看板が立っていたり、博物館などもたくさんあるので、もう1日ぐらいあっても良かったかな~なんて思いました。

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